NEW!! (2026/04/14 08:35)
東の「東京六大学」に対しては西の「関西六大学」だろうという感じですが、知る人ぞ知るちょっと複雑な経緯があるんですね。
もともとの「関西六大学」は、「東京六大学」のように所属大学は固定されていました。
関西大学、関西学院大学、京都大学、神戸大学、同志社大学、立命館大学ですね。
それが1962年に京滋大学野球連盟、近畿大学野球連盟、阪神大学野球連盟と組織合併し、入替戦制度が導入されました。
関西六大学野球の2部、3部ではなく、近畿、阪神、京滋の3リーグが下部リーグとなり、その3リーグの中で入替戦の挑戦校が決まり、入替戦が行われました。
「東京六大学」では野球そのものだけでなく学校としての伝統も含めて、早慶明などが中核とみられていますが(大学そのものの伝統だけなら法政、立教、東大も当然ありますが)、
「関西六大学」では私学の4校の関関同立ですね。
ところが入替戦が導入されると必ずしも関関同立が揃わないことがあり、その伝統の関関戦や同立戦がなくなってしまう年もでてしまったわけです。
「東京六大学」で言えば、慶應が下部落ちしてしまって早慶戦が行わなわれないというような事態ですね。
伝統への原点回帰の想いに、色々な思惑やエゴ、利害なども絡んで、1982年に組織の大改編が行われました。
その経緯は色々と複雑なものがあるのですが、結果として「関西六大学野球連盟」と「関西学生野球連盟」の2つにわかれました。
〇「関西六大学野球連盟」
龍谷大学、大阪商業大学、京都産業大学、大阪学院大学、大阪経済大学、神戸学院大学
〇「関西学生野球連盟」
関西大学、関西学院大学、京都大学、同志社大学、立命館大学、近畿大学
これを見るとわかるように創設時六大学の伝統校が神戸大学を除いてごっそりと「関西六大学」から「関西学生連盟」に離脱移籍した感じです。
「関西六大学」の名前も持って行って、創設時の「関西六大学」にしたいという意向もあったようですが、あくまで離脱という形ですので新しい「関西学生連盟」という組織にしたわけです。