No.35319
ヒマタク🚕は数ある愛媛県旅行で、宿泊がいちばん多かったのが宇和島市です。大学生の時に初めてひとりで泊まったビジホが宇和島市内の某ホテルでした。以降そこに合計何泊したことか(計20泊ほど?)。
闘牛場には行ってませんが、宇和島城を見に行ったり、路線バスで滑床渓谷に行きました。これはだいぶ前に言ったんですけど雨上がりの滑床渓谷の遊歩道で足を滑らせてすっ転び尻を強打! 「滑床」を地でいきました😫 南楽園(当時は津島町)にも行きました。あとは、主目的地は高知県の四万十川になりますがJR予土線のトロッコ列車への乗車が目的だった、ってこともありました。
新卒入社した会社が◯ーソンの本部でして、まぁ本部の社員とはいえ直営店舗での店長業務でしたけど、夏冬の長期休暇時には◯ーソンの無い場所に旅行したいな(店舗を見ると仕事を思い出す😵💫)、という思いもあり、4年半ほどの在籍中(平成一桁年でした)に夏はニューヨーク、冬は宇和島市、に現実逃避の旅。大学生で宇和島市に行った時「そういや宇和島で◯ーソン見んかったなぁ」という記憶がありましたので、「じゃ、また宇和島に行っちゃえ 店舗見なくて済む😁」と。その頃47都道府県全てに出店を目指していた◯ーソンは愛媛県では東予中予辺りには出店済でしたが南予にはまだ出店してなかったです。高知県にも未出店。
2007年に十数年ぶりで宇和島市に行ったんですが、さすがにこの時には宇和島市内どころか僻地と言って良さそうな高知県宿毛市内にも◯ーソンは多数😀 当時は🚕の乗務員でしたから、◯ーソンへの感情はふつうのものになってましたけど。
画像のスタンプは1990年(平成2年)押印。大学生の頃でしたがこの時は大阪から日帰り。宇和島駅、卯之町駅、八幡浜駅、等に立ち寄るスタンプ押印の旅でした。JR瀬戸大橋線は開業済、宇高連絡船の時代では大阪からのこんな日帰り旅は無理だったでしょう。
画像の駅弁掛け紙は宇和島駅の「斗牛弁当」。購入時期は忘れましたがたぶん平成一桁年。中味は牛焼肉丼みたいな感じだったと記憶。とうの昔に販売終了してしまいました。
宇和島といえば、銘菓じゃないですがじゃこ天も美味😋ですよね。
闘牛場には行ってませんが、宇和島城を見に行ったり、路線バスで滑床渓谷に行きました。これはだいぶ前に言ったんですけど雨上がりの滑床渓谷の遊歩道で足を滑らせてすっ転び尻を強打! 「滑床」を地でいきました😫 南楽園(当時は津島町)にも行きました。あとは、主目的地は高知県の四万十川になりますがJR予土線のトロッコ列車への乗車が目的だった、ってこともありました。
新卒入社した会社が◯ーソンの本部でして、まぁ本部の社員とはいえ直営店舗での店長業務でしたけど、夏冬の長期休暇時には◯ーソンの無い場所に旅行したいな(店舗を見ると仕事を思い出す😵💫)、という思いもあり、4年半ほどの在籍中(平成一桁年でした)に夏はニューヨーク、冬は宇和島市、に現実逃避の旅。大学生で宇和島市に行った時「そういや宇和島で◯ーソン見んかったなぁ」という記憶がありましたので、「じゃ、また宇和島に行っちゃえ 店舗見なくて済む😁」と。その頃47都道府県全てに出店を目指していた◯ーソンは愛媛県では東予中予辺りには出店済でしたが南予にはまだ出店してなかったです。高知県にも未出店。
2007年に十数年ぶりで宇和島市に行ったんですが、さすがにこの時には宇和島市内どころか僻地と言って良さそうな高知県宿毛市内にも◯ーソンは多数😀 当時は🚕の乗務員でしたから、◯ーソンへの感情はふつうのものになってましたけど。
画像のスタンプは1990年(平成2年)押印。大学生の頃でしたがこの時は大阪から日帰り。宇和島駅、卯之町駅、八幡浜駅、等に立ち寄るスタンプ押印の旅でした。JR瀬戸大橋線は開業済、宇高連絡船の時代では大阪からのこんな日帰り旅は無理だったでしょう。
画像の駅弁掛け紙は宇和島駅の「斗牛弁当」。購入時期は忘れましたがたぶん平成一桁年。中味は牛焼肉丼みたいな感じだったと記憶。とうの昔に販売終了してしまいました。
宇和島といえば、銘菓じゃないですがじゃこ天も美味😋ですよね。

