ゆふいんの森
No.632886
>>632885


昭和の時代は真面目に観戦してましたね。
当時のファンは心底贔屓チームを応援
してた。
南海ファンは泉州地区の方が多く独特の
関西訛りで下手なプレーなどすれば
激しく選手を野次った。
平和台球場も負けなかった。 
博多弁丸出しで選手にやじを飛ばし
つまらん試合をするものならグランド内
に一升瓶やビール瓶はては弁当箱が
スタンドから投げられるのは日常。
ところがグランド内に弁当箱が着地する
前に卵焼きやたくあん昆布、焼きサバの
切れ端といった食材がスタンド下に陣取る観客の頭や肩にパラパラと落ちたりで
スタンド上段に居座る者勝ちみたいな
おやじ連中が所々に居てよく笑いが起き
てた。
あと一方的負け試合になると野球観戦
そっちのけであちこちに野次将軍が出現
し閑古鳥の鳴くスタンドの野次は選手
にはかなり耳障りであった事だろう。
  昭和野球は人間味溢れてた。

応援は川辺さんというおじさんがトレパン履いて笛吹ながら三三七拍子というスタイルでしたね。
今のようにスタンド一体となって大合唱
で応援するスタイルではなかった。
ロッテや西武の外野応援はいつからサッカー場になったん?といった騒々しさで
真剣に観戦したい人には甚だ迷惑。
コロナ時代何十試合か無観客でやった事
がありましたがあの年は打球音や捕球音
ベンチ内の選手の掛け声などがリアルに
聞けてたまらなく嬉しかった記憶があり
ます。
だからといって昔は良かったとばかり
愚痴ってもどうにもならん。

爺さんは現代という時代に合わせて
生きてくしかないのだから。
最後に南海からダイエーに球団名が変わって間もないころ当時平和台球場と同じ小倉球場の投球練習場は内野席と外野席の間にあった。
ただ小倉球場には選手専用のトイレは
無く普通に用を足してたらカチャカチャっとスパイクの音を鳴らしホークス選手と連れションした時が何度かあった。
隣にいる選手を間近で見てデカいなぁー
と思った。※アソコではないよ
      眠たい🥱

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💬 返信コメント:1件

アルテンデグルメノシュタイン◆v6ubnfX1TE
No.632887
>>632886

長いので
半分だけ読んで飛ばしたが
食材とは
材料の事で調理される前の状態を指す。
つまり
弁当に入っていた食材という表現は
おかしいのだ。

以前
何度も読み返してから投稿する
ような事を書いていたが
気付かなければ意味がない。
多くの本を読んで
人はそれを学ぶのだが
読書は嫌いだと言う。
何も学ばずに上達するものなど無い。
⚾️好きな選手:バナザード、ギータ、ネロ様、小椋、ギーやん、尾形、うわっち、石見くん、☆嫌いな監督:小○保、ヒゲ、工藤、☆嫌いな選手:下位、膿野、嫌いな球団:ファイターズ、G


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