No.1134879
工藤公康
ホークス監督時代…続き2
手を挙げた選手の中に、現メジャーリーガーの千賀滉大(ニューヨーク・メッツ)がいた。当時、あの千賀が「毎朝、全身筋肉痛で起き上がれないから、ベッドから転げ落ちて這いつくばるようにしてどうにか立ち上がるんです」
「でも、鍛えるからこそ、自分の知らなかった自分になれるわけです」
工藤塾を耐え抜いた千賀は、2016年に初めて先発ローテーションに入り12勝を挙げて、それ以降7年連続2桁勝利をマークするなど一気にステージを駆け上がった。ほかに“塾生”だった岩嵜翔(現中日ドラゴンズ)は2017年にパ・リーグ最優秀中継ぎ賞、東浜巨が同年の最多勝投手になり、石川柊太も2020年に最多勝を獲得した。
「若いうちは自分自身では気づかないものです。でも、いつかやればいいでは遅い。若いうちにやらないと、体力が落ちてからではやれる限界は決まっています。当時の選手は、私の厳しい要求に文句も言いたくなったはずです。私自身、昔はそうでしたから。だけど、10年後とか15年後に『あの時があったから長く野球をやれた』と思ってもらえる様に。その一瞬、たとえ選手に嫌われても構わない。そう考えていました」
選手には1年でも長く現役を続けてほしい。その信念のもと「選手に何ができるのか」を常に考えていた。
ホークス監督時代…続き2
手を挙げた選手の中に、現メジャーリーガーの千賀滉大(ニューヨーク・メッツ)がいた。当時、あの千賀が「毎朝、全身筋肉痛で起き上がれないから、ベッドから転げ落ちて這いつくばるようにしてどうにか立ち上がるんです」
「でも、鍛えるからこそ、自分の知らなかった自分になれるわけです」
工藤塾を耐え抜いた千賀は、2016年に初めて先発ローテーションに入り12勝を挙げて、それ以降7年連続2桁勝利をマークするなど一気にステージを駆け上がった。ほかに“塾生”だった岩嵜翔(現中日ドラゴンズ)は2017年にパ・リーグ最優秀中継ぎ賞、東浜巨が同年の最多勝投手になり、石川柊太も2020年に最多勝を獲得した。
「若いうちは自分自身では気づかないものです。でも、いつかやればいいでは遅い。若いうちにやらないと、体力が落ちてからではやれる限界は決まっています。当時の選手は、私の厳しい要求に文句も言いたくなったはずです。私自身、昔はそうでしたから。だけど、10年後とか15年後に『あの時があったから長く野球をやれた』と思ってもらえる様に。その一瞬、たとえ選手に嫌われても構わない。そう考えていました」
選手には1年でも長く現役を続けてほしい。その信念のもと「選手に何ができるのか」を常に考えていた。