南海ホークス物語55
南海狂いの親父の影響もあり、子供の頃から私の遊び場は中百舌鳥と大阪球場であった。親父が亡くなってからも、青春時代の思い出と言えば殆ど野球場においてのものだ。彼女にふられた時も、受験に失敗した時も、会社で行き詰った時も、いつも私を慰めてくれたのは、緑のユニフォームだった。
名古屋に赴任した時も、土日は大抵、近鉄特急で難波まで通った。南海ホークスなしの人生なんて考えられなかった。そんな南海の身売りが、昭和63年9月に決定した。しかも、遠く九州に移転するという。
恋人を奪われる様なショックであった。いても立ってもいられず、応援団と協力して身売り反対の署名運動を始めた。残り少なくなった試合の合間、スタンドを回って署名を集めた。和歌山や遠く徳島から来たファンなど、殆どの人が協力してくれた。
京都から来たという中年サラリーマン風の男性は、署名しながら「殺生や」と嗚咽を漏らし始め、私もこらえ切れず、二人で声を上げて泣いた。
10月15日、大阪球場最後の試合は、南海ファンにとっては生涯忘れられない試合だ。近鉄相手に逆転勝利を飾り、選手がグランド一周後、ダイヤモンドに整列した。南海ホークスの歌をトランペットが奏で、球団旗が降納されると、門田や山内孝徳も号泣していた。
杉浦監督の最後の挨拶。「来年からは、平和台球場を本拠地として戦っていくわけですが、ホークスは不滅です。ありがとうございました。行って参ります。」
もう帰ってくる事などないと、みんな分かっていたが、「行って参ります」という『優しい嘘』に、球場の32000人のホークスファンは、最後にもう一度泣かされた。
南海ホークスは、こうして50年の歴史に幕を閉じた……
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