ホークス物語92
2005年のロッテとのプレーオフ第2ステージは死闘になった。前年同様、第1ステージで待たされたホークスは、先に2試合落とした。
第3戦4-0でリードされた9回裏、絶対絶命のピンチで奇跡は起こった。
切り札の小林雅英を攻め、一死一三塁から大村・荒金の連続タイムリーで1点差。松中が敬遠されると場内は騒然となった。トイレットペーパーがホームプレートまで飛んできた。動揺した小林がズレータを歩かせ押し出し同点。延長10回、川崎のサヨナラタイムリーで信じられない逆転劇が起こった。
第4戦は、ズレータの2発で勝ち2-2のタイに。最終戦、この年沢村賞の杉内で必勝を期した。
試合は2-1のリードで8回表を迎える。代打初芝の三遊間のボテボテのゴロ、バチスタが処理仕掛けた所に川崎がぶつかり、1塁セーフ。福浦の右前で無死一二塁。この時、エース和巳がブルペンで準備出来ていたが、『普段の野球をやろう』とベンチは馬原を投入した。
結果、里崎が速球に合わせ、左中間フェンス直撃の逆転二塁打。万事休すとなった。
試合後、男泣きする捕手の的場を、脚の骨折で出場できなかった城島が『この悔しさを忘れるな。バレンタイン監督の胴上げを見て、目に焼き付けろ』とアドバイスする。
2年連続の悲劇。しかも89勝しながら日本シリーズ出場が出来ぬ悔しさに、選手もファンも王監督も涙した。この借りは絶対返すぞと、全選手が思ったはずだ。
その後、ホークスは平成優勝回数最多の強豪チームになる。その為に血の滲む様な猛練習を何年も重ねた。
原点は、ソフトバンク元年のこの血涙の敗北にあったと思う……