南海ホークス物語㊻
監督を解任され、ロッテに無償トレードされたノムさんには厳しい現実が待っていた。現役としてはとっくに峠を超えた43歳。18歳の新人たちと同じ量のトレーニングを課され、体は悲鳴をあげた。
先輩として気付いた事を若手にアドバイスすると、監督から「コーチの立場が無くなるから遠慮してくれ」と言われた。それでも、痛む体に鞭を打ち一年間頑張ってきた。シーズンオフ、今度は新生球団の西武にトレードされる。金田監督の退任が決まり、後ろ盾をなくしたのだ。
この頃、ノムさんが好んで色紙に書いた言葉がある。「生涯一捕手」。家族を守るため、監督という地位を捨てて、一捕手に戻って野球人生を全うしたいという決意の言葉である。この言葉が、当時のサラリーマンの間で大流行する。
会社の派閥争いに負け左遷されたり、部下のミスの責任を取らされ降格したり、大きな組織の長が、平社員として会社人生をやり直さなければならなくなるケースもある。長い会社生活の中では様々な事が起こる。そんな境遇にある人々の琴線に「生涯一捕手」という言葉が触れたのであろう。
捕手としての選手寿命は、2年後、西武ライオンズで終わりを迎えた。西武では、松沼兄やんを新人王に導き、試合の最後を締めくくる「セーブ捕手」と言うポジションを確立。27年の現役生活の集大成となった。
引退の日、西武球場には多くの中年男性の姿が見られた。45歳となったノムさんが、最後マイクを握ると、目頭を熱くしていた人もいた。
この年老いた捕手の野球人生と、自らの人生を重ね合わせていたのかも知れない……