山川、ドスコイを50回は見たい! (ID:Yzg4ZDV)
南海ホークス物語E

杉浦が巨人に4連投、4連勝した昭和34年の日本シリーズ、一度だけピンチがあった。指の豆が潰れ、血が吹き出した第3戦、2-2で迎えた9回裏、巨人の攻撃である。一死三塁のサヨナラのピンチ……肩も肘も限界の杉浦は、『代えてくれないかなあ。』と弱気になり、ベンチを見た。

鶴岡監督は、杉浦と目を合わせず、伝令を送る。伝令は『監督からや。』と、宮島の御守を持って来ただけだった……『もう自分が投げるしかない』と覚悟を決めた杉浦は、その後も力投。結局、一人で投げ切った。

3000本安打の張本氏によると「直球は、アンダースローで150キロくらい出ていた…低めギリギリのストライクと思って振りに行くと、顔の高さまでホップした……打てるわけない……」と話している。 入団3年で、187試合に登板、55完投、96勝27敗、投球回数は1000回を越えた。今のエース級投手でも7〜8年分である。

ある日、夫人が入浴中の杉浦の右腕を見て腰を抜かす。……肩から指先まで真っ白で血が通っていない事が、素人目に見ても分かったと言う。

「どうして、監督さんに、投げられないと仰らないんですか?」夫人は、初めて野球の事で意見した……「バカ野郎!……例えどんな状態でも、監督に行けと言われれば行くんだ……」 4年目に血行障害で手術した杉浦に、かつての速球とカーブは戻って来なかった。

「鶴岡さんに惚れて南海に入り、鶴岡さんの為に投げまくって怪我をした……全く、悔いは残っていません……」と生前、話されていたのを覚えている。

幸せな野球人生だったかもしれない……
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⚾️好きな選手:牧原。今日から山川も
就活編集削除⚽水戸vs清水🕑

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