No.2145200
>>2145194
中西に関しては、それほど球速アップした記憶はないです。1985年は、山本和行と中西のダブルストッパーだったけど、山本が途中で怪我で離脱してから中西にストッパー役が全て託されました。だから中西も相当気合が入ったと思います。それである程度の球速アップはあったかもしれませんが。
それよりも、藤川球児投手は、入団当初は140キロ前半の球速しかなく、先発しても相手をかわすようなピッチングでした。ところがある時から「火の玉ストレート」と呼ばれる豪速球を投げ込むようになり、周囲を驚かせました。
解説の古田敦也さんは、「練習で何かを掴んだのでしょうね」と言っていました。
私的には、中西投手よりも、藤川球児投手の方がインパクトがかなり強かったです。
中西に関しては、それほど球速アップした記憶はないです。1985年は、山本和行と中西のダブルストッパーだったけど、山本が途中で怪我で離脱してから中西にストッパー役が全て託されました。だから中西も相当気合が入ったと思います。それである程度の球速アップはあったかもしれませんが。
それよりも、藤川球児投手は、入団当初は140キロ前半の球速しかなく、先発しても相手をかわすようなピッチングでした。ところがある時から「火の玉ストレート」と呼ばれる豪速球を投げ込むようになり、周囲を驚かせました。
解説の古田敦也さんは、「練習で何かを掴んだのでしょうね」と言っていました。
私的には、中西投手よりも、藤川球児投手の方がインパクトがかなり強かったです。