ホークス物語81
2005年ワールドチャンピオン・ホワイトソックスのギーエン監督が「世界一のセカンド」と賞賛した井口資仁は、もともと「強肩強打の遊撃手」としてならしていた。
青学時代「青い核弾頭」と呼ばれ、恐怖の一番打者として活躍。 本塁打・安打・打点の記録は今でも破られていない。史上唯一の三冠王などの実績を引っさげ、97年ホークスに入団した。プロ初打席満塁本塁打という、日本人では唯一人の鮮烈なデビューを飾った。
しかし「一発狙い」の粗い打撃は、プロの投手の絶妙な制球にかわされる。入団3年は低迷。2000年、試合中に肩を怪我。守備の良い鳥越にショートのポジションを奪われ、セカンドにコンバートされた。
「内野の花形はショート」と考えていた井口にとっては とてもショッキングな人事異動だった。
ところが、この十数メートルのポジション移動が 彼の野球人生を変えることになる。セカンドに移ったことにより、一塁ランナーと バッテリーの駆け引きを目の前で見ることになり 「野球の奥深さ」が少しずつ見えてきたと言う。
「ショートにいるときには見えなかった」両軍のベンチワークも、何故かセカンドからはよく見える。 バッテリーの配球を予想しながらポジションを変える 「スマートベースボール」に目覚めた。
井口の中で起こったこの「革命」は、まず自らの盗塁技術向上という形で現れ 01年・03年の「盗塁王」獲得。 相手バッテリーの配球を読む習慣は 打率を2割台前半から3割台へ押し上げた。ホームランも30本打てるスラッガーへと成長した。
05年、海を渡る。ホワイトソックスの2番セカンドでチームを牽引。日本人初の「レギュラー」として メジャーのチャンピオンリングを獲得した。監督はシーズン優勝インタビューで「今年の真のMVPはイグチ」と評価した。帰国後ロッテで活躍。監督まで登り詰める事になる。
怪我によるコンバートが、彼の野球人生を変えてくれた。
もし、彼が肩を故障せず、そのままショートを守っていれば、こんな凄い野球人生は待っていなかったかも知れない……