ホークス物語79
2000年、夢のON対決が実現した。
ONの歴史を振り返ると、長嶋がまずスーパースターになり、王が追いかけ、追いつき、追い越す展開だ。58年入団の長嶋は新人の年に、本塁打・打点の2冠王に輝き若くして巨人の4番を任された。
王は59年入団。最初は目が出ず3年間は『三振王』と呼ばれた。62年、初の本塁打王を獲得。以降868本の世界記録を打ち立てた。V9時代は3番王・4番長嶋だったが、後半には4番に座ることも増えた。
監督としても、長嶋監督が94年メイクドラマで初の日本一に輝いた。王監督は、95年にダイエー監督に就任、翌年に成績不振から生卵を投げつけられたりしながらチームを強化。99 年初優勝、そして2000年連覇で念願のON対決が実現した。
このシリーズ、王ダイエーに3つの不運が重なった。
1.主砲小久保が練習し過ぎでわき腹を痛め、麻酔を打ちながら強行出場したが、活躍出来なかった。
2.ダイエーが2連勝スタートしたが、球団のミスで火・水曜日ドームが使えない変則日程。土〜月の三連戦で、ダイエー自慢の救援陣が三連投させられない為、不安定な先発ラジオを引っ張り、序盤で大量得点された。
3.流れを決める第4戦、2-1でリードされた7回裏、出塁した秋山が2盗。テレビのスローでもセーフに見えたが、アウトの判定。猛抗議も覆らず、この後、井口の3塁打が出ただけに、悔いの残る判定になった。
シリーズは4-2で巨人が勝ち、敗退した王監督はリベンジを誓ったが、2001年、長嶋監督勇退。再度の対決は実現しなかった。『長嶋さんの退任を聞き、これで再挑戦出来なくなったと、大変残念だった』と語っている。
負けず嫌いの王監督の無念は、弟子の工藤監督が19年後晴らしてくれる。2019・20年の日本シリーズは、長嶋監督の後継者・原監督との対決。2年連続4連勝で完勝だった。勝利の瞬間、ファンは2000年の悔しいシリーズをオーバーラップさせ、臥薪嘗胆の日々を思い歓喜を爆発させた。
王監督と鷹ファンにとってのON対決のドラマは、これでやっと完結した。
その夜飲んだビールは格別に美味かった。 王会長も、多分そうだったに違いない……